【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第9話・不審死の共通点」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第9話・不審死の共通点」by RAPT×TOPAZ

プレトとルリスは、黙っているアリーチェを見守っていた。アリーチェはドリンクを口に運ぼうとして手を止め、コースターの上にグラスを戻した。やがて静かに話し始めた。
「姉はさ、事件当時、レグルスの中にたみたいなんだけど、外から来た犯人に殺されたっぽくて。レグルスって頑丈だから、普通は外からこじ開けるのって難しいじゃん。でも、ボディがガッツリ傷付いてて、姉の首には絞められた跡があったの」
一度言葉を区切ると、今度こそドリンクを飲んだ。確か、中身はジンジャーソーダだった気がする。再び口を開いた。
「さすがに、姉のケースは他殺として扱われたんだけど、全然、捜査が進まなくてさ⋯⋯ドライブレコーダーに犯人が映ってるんだから、それを見れば一発で分かるでしょって警察に訴えたら、その日の記録だけ破損して消えてるって言うんだよ。犯人が映像を消したのかなって思ってたけど、プレルリの話を聞いて、警察が消した可能性もあるんだなって思ったの」
「そんなことがあったんだね」
ルリスが言葉を絞り出すように言った。
「でも、もう何年も前の話なんだよ。思い出して泣いたりとかはないけど、ずっと引っかかってはいるから、ジャーナリストとして不審死を調べるようになったんだ。運よく犯人の手がかりを掴めるかもしれないしね⋯⋯」
アリーチェの表情がもとに戻った。子供のように無邪気な笑顔だが、その下には辛い過去が潜んでいるのだ。プレトは切り出した。
「レグルスを壊すときには、35日の製品を使ったのかもしれない」
35日?」
35日は隣国の企業の名前ね。私たちのレグルスに大きいキズが付いてるんだけど、不審者にやられたの。そのことをクライノートに投稿したら、他のユーザーが『35日の製品で付けられた可能性が高い』って特定してくれたんだ。その製品は、緊急事態のときとかに、レグルスの中にいる人を救助する目的で開発されたらしいんだけど、イタズラとか車上荒らしに利用されるケースもあるっぽい」
「そうだったんだ。〈プレパラート〉の投稿、完璧に追えているわけじゃないから知らなかったよ」
「よかったら、キズとドライブレコーダー、見てみる?」
「いいの?」
「もちろん。ちょうどみんな食べ終わったし、駐車場に移動しようよ」
三人揃って席を立った。ルリスは、キムチがトッピングされたお好み焼きを注文していたが、無事に完食していた。食欲が戻ってきたらしい。プレトはこっそり安堵した。駐車場でレグルスを見せると、アリーチェは顔をしかめた。
「これが付けられたキズか。やっばいね。プレルリが無事なの、ガチで奇跡だと思うよ」
「わたしたちもそう思う。ほら、ドライブレコーダーの映像はこれだよ」
ルリスが携帯電話をアリーチェに向けた。転送した映像が映し出されている。
「⋯⋯ああ、ほんとだ。この日だけ完璧に消えてるね。映像が破損したって言うよりも、故意に消した感じがする。このドライブレコーダーはいつ買ったものかな」
「数ヶ月前だよ」と、ルリスが答えた。レグルス本体は中古だけど、ドライブレコーダーは新品。レグルスと一緒に買って、その場で取り付けてもらったの。不審者にまとわりつかれることが多いから、一番スペックが高いやつにしたんだよね」
「それなら、こういう壊れ方をするとはますます考えにくいよね⋯⋯なんかヒントになった気がする。ほぼ初対面なのに見せてくれてありがとうね」
「どういたしまして。アリーチェこそ、初対面のプレトを酔っぱらいから助けてくれたし、わたしたちがストーカーされてないか心配してくれたよね。どうして?」
アリーチェは、一瞬きょとんとしてから、ニッと白い歯を見せた。
DMでも言ったけど、〈プレパラート〉の投稿を見たおかげでスパイク肺炎ワクチンを食べなくてすんだの。あたし、スポーツクラブにも所属してるんだけど、チームメイトに呼びかけたから、みんなワクチン食べてないんだよ。おかげで元気に活動できてるんだ。ありがとうね」
「あ、うん、どうも⋯⋯」
プレトは目を泳がせた。面と向かって褒められると照れてしまう。
「今もそうだろうけど、アンチにもめげずに頑張ってて偉いよ。ムーンマシュマロまで開発しちゃってさ。だから、プレルリのこと信用してるんだ。あたしみたいな人はいっぱいいるはずだよ」
「そうだといいな」
「⋯⋯ちょっと待って、今何時だ?」
アリーチェは時間を確認すると、急に慌てはじめた。
「やば。そろそろ集合して試合の準備をしないと」
「試合って、スポーツクラブの? これからなの?」
「夕方からだよ。これからウォーミングアップとか作戦会議とかいろいろあるんだ」
「忙しいね。何の競技?」
「カバディだよ」
「カバディ?」
ルリスは不思議そうに呟いた。そういえば、ビケさんはカバディを観戦するとか言ってたな。
「ごめん、お先ー! また会おうね!」
アリーチェは、レグルスを停めた駐車場まで駆け出した。軽やかな足取りだ。足の速さに目を奪われ、角を曲がるまで見守ってしまった。
「行っちゃったね」
「そうだね。ルリスは完食できてよかったね」
「ここのごはん美味しかった。また来たいな。悲しい気持ちはまだ大きいけど、少し気が楽になったよ。メソメソしてたらアオネちゃんに心配されそうだし、頑張らないと」
ルリスは右手を顔の前で握ってみせた。

帰宅後、アオネと似たような事例をネットで探してみると、いくつか見つかった。だが悲しいことに、中学生の自殺は年に何件も発生している。その中から、実際は他殺だったという件を見付けるのはとても難しいことだ。それこそ、遺族に片っ端からインタビューしていくしかない。ムリだ。
行方不明事件もたくさん見付かった。行方不明者のほとんどは数日中に発見されるらしいが、消息を絶ったまま数年が経過してしまうこともなくはないようだ。
⋯⋯これを知ったところで、アオネの死の真相に辿り着ける気がしない。なら、SNSならどうだろう。真実を求めた遺族が自主的に発信しているかもしれない。クライノートで検索をかけると、いくつかのアカウントがヒットした。遺族とみられるユーザーが、警察の捜査について苦言を呈している。悔しさが文面から滲み出ていた。
キッチンにいたルリスが隣にやってきた。
「あのさ、隣国とかシュヴァリエ国も、わたし達と同じ言語じゃん?」
「そうだね。この言語を使っている国と地域はかなり多いから、母語じゃなくても扱える人は大勢いるし」
「ということは、クライノートとか他のSNSもそうだけど、たくさんの人が同じ条件で使えるってことだよね?」
「うん。パソコンも携帯も普及してるし、小学生もネットを使う時代だからね」
「⋯⋯」
ルリスは、困惑したような、不思議そうな顔をしている。
「何か引っかかっているの?」
「料理の合間に不審死について検索してたんだけど⋯⋯試しに、検索エンジンのアカウントをいじってみたの。国籍をシュヴァリエ国にしたら、不審死の情報がこんな風に出てきたよ」
ルリスの携帯電話を見ると、シュヴァリエ国のニュースサイトが開かれていた。折れ線グラフが添えられており、数本の線が右肩上がりになっている。それぞれ、自殺、他殺、行方不明など、不審死に関する数値を表しているようだ。
「んん? 件数多くない? シュヴァリエ国では話題になってるみたいだね。同じ言語なら、普通に検索したときにヒットしてもおかしくないんだけどな⋯⋯なんで出てこなかったんだ?」プレトは疑問を述べた。
「もしかして、情報統制されてるのかな。所長のことを国際的に裁こうっていう動きがあったときも、わたしたちは何も知らない状態で過ごしてたし」
「そんなこともあったね⋯⋯理由は分からないけど、国民が不審死の情報を得られないようにしているのかも。そういえば、アリーチェブログの不審死リストには、この国の事件ばかり書かれていたよね。訊いてみようかな」
プレトはメッセージを送った。今は夜だし、帰宅してるかな。

『昼間はありがとう。試合お疲れさま。ちょっと訊きたいんだけど、不審死リストは、この国の事件を中心に集めたのかな』

すぐに返事が来た。

『こちらこそありがとう。この国に絞ったつもりはないよ。出てきたのを片っ端から集めただけ』

ルリスが話してくれたことを文面で伝えると、少し経ってから電話がかかってきた。スピーカーモードにして出ると、アリーチェの声が聞こえてきた。興奮しているようだ。
「あたしも今、設定をシュヴァリエ国に変えたんだけど、見たことない事件がわんさか出てきた! これって不自然だよね。ここまでしないと情報が上がってこないのはおかしいと思う。世界規模で何かを隠そうとしてるってことかな」
「分からないことだらけだけど、その可能性は否定できないよね」プレトは答えた。
「プレルリ、ガチでジーニアスなんだけど。お歳暮送ってもいい?」
「気持ちだけもらっておく。それに、気付いたのはルリ⋯⋯」
「あたしの方でも調べてみる! また連絡するね!」
「ちょっ⋯⋯あ、電話終わった」
通話画面が消え、ホーム画面に切り替わった。
「すんごい張り切ってたね」
「ね。でも、お姉さんのこともあるから、すぐに調べたくなっちゃうよね。試合後にここまで元気なのは信じられないけど」
もっと調査してみる必要はあるが、何かが隠されているとしたら、そこに不審死の原因があるのだろう。アオネや、ドラム缶の女性や、大勢の若者を不幸にした原因が…
奇妙な現実に肩を叩かれた気がした。

(第10話につづく)

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