【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第8話・アリーチェの誘い 」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険《Season2》 – 「第8話・アリーチェの誘い 」by RAPT×TOPAZ

チユリさんが電話越しに泣いている。プレトは呆然としていた。アオネが死んでしまったなんて信じられない。
「それでね、手続きとか、いろいろあるでしょ? だから、姉夫婦の……アオネの両親のところに行って、サポートしたいの。急で、申し訳ない……けど、数日、お休みを、いただけないかしら?」
チユリさんは声を絞り出している。
「身内のご不幸なんですから当然ですよ。こっちは大丈夫ですから、心も身体も休めてください……お役に立てなくてごめんなさい」
「そんなこと、言わないで……また改めて、連絡させてもらうわね」
通話を終えて呼吸を整え、二人の方を向いた。
「ルリス、ビケさん、あのね……アオネちゃんが遺体で見つかったんだって……」
二人の動きがピタリと止まった。驚きで目を見開いている二人に、チユリさんとの会話内容を伝えた。
「なるほど……今朝、アオネちゃんのお母さんから、チユリさんのもとに電話が来て、亡くなったことを知らされたんですね?」ビケさんが状況を整理してくれた。
「はい。通話を終えた直後に、私に電話をくれたみたいなので、チユリさんも詳細は分からないようです」
「……」
ルリスは黙ったまま俯いている。それからしばらく沈黙が続いた。カラカラと音が響く。ウサギやモルモットがケージの中で動いているのだ。ルリスとビケさんは静かに持ち場へ着いた。プレトは携帯電話を開き、アオネの写真を見返した。これは恐らく、学校の運動会で撮った写真だろう。あどけない笑顔が可愛らしい。この子が遺体で見つかるなんて、一体何が起こっているのだ。せっかくアリーチェとも知り合えたのに、協力を仰ぐ前にこんなことになるなんて。結果論だが、プレト達が行った捜索は無意味だったのだ。
重い腰を上げ、今日の業務に取りかかった。ムーンマシュマロとステラグミを発送して、干しているドクチワワの萎れ具合をチェックして、固めておいた雲を少しちぎってみた。全くはかどらない。集中できない。アオネとチユリさんの顔が頭の中をグルグル回っている。昼休憩の時間になったが、ルリスは何も食べずに寝室へ引きこもってしまった。
「ルリスさんが食べないなんて、かなり珍しいですよね?」
「そうですね。湖畔で遺体を見つけたばかりなのに、アオネちゃんも亡くなってしまったから、相当堪えているんだと思います」
プレトも落ち込んでいなわけではない。現実味がなくて、実感がわかないのだ。だが、すぐに元気になれるとも思えない。ビケさんも似たような感じだろう。プレトは提案した。
「あの、急ですけど、明日はお休みにしませんか? スケジュールにかなり余裕がありますし、チユリさんは数日お休みになると思いますから、私たちもどうかなーって……」
「わたしは全然いいですよ」
「ビケさんはどこかへお出かけしますか?」
「どうしようかな。久しぶりにスポーツ観戦でもしますかね。無理やりにでも元気をもらわないとやってられないですから」
「いいですね。何を見に行くんですか?」
「カバディです」
「カバディ?」
携帯電話が震え、チユリさんからのメッセージが表示された。アオネの遺体に大きな外傷はなく、自殺の線で捜査が進んでいるらしい。『アオネが自殺だなんて、私は信じないわ』そう締めくくられていた。
今日の業務を終え、ビケさんを見送ると、手持ち無沙汰になった。そうなると、イヤでもアオネのことが頭に浮かんでくる。会ったことはないが、自殺するとは考えにくかった。お前に何が分かると言われたらそれまでだけど、第三者にしか感じ取れないこともあるんじゃないか?
ふと、アリーチェのことを思い出した。連絡していいと言って、名刺を渡してくれた。社交辞令だろうが、連絡先を教えてくれたのなら、電話してみても失礼ではないだろう。彼女なら情報収集のコツを知っているかもしれない。
早速電話をかけてみると、2コール目で出てくれた。こちらが名乗ると、嬉しそうな声になった。
「ほんとに電話くれたんですね。嬉しー」
少し会話をしてからアオネのことを伝えると、息を飲んだのが伝わってきた。
「急にこんな話してごめんなさい」
「いえいえ……いえいえっていう返しはおかしいか。その、ご愁傷さまです。もう既に報道されてる事件なんですか?」
「まだだと思います。今朝知ったばかりなので……アリーチェさんは普段、不審死について、どうやって調べてるのかなと思って電話したんです。アオネの死が本当に自殺なのか知りたくて。じゃないと、誰もスッキリできなくて、前に進めない気がするんです。一緒に住んでる友人なんか、食べるの大好きなくせに、今日は全然喉を通らないみたいで……」
「心配ですね……明日、時間ありますか?」
「休みなので、フリーですよ」
「よかったら会って話しません? 行きつけの喫茶店があるんです。ごはん美味しいので、お友達も一緒にどうですか?」
「へ? えーっと」
プレトは一度言葉を切った。誘われるとは思わなかった。どうしようかな。
「ムリにとは言いませんけど」
アリーチェの声は遠慮がちだ。
「……友人が行けるかは分からないですけど、私は行きます」
「やった。じゃあ、店名と場所を伝えますね」
待ち合わせの約束をして通話を終えた。突然の展開だが、誘われて悪い気はしない。寝室へ移動し、ルリスの掛け布団を少しめくった。仕事の時間が終わったとたん、また寝室にこもってしまっていたのだ。すっぽりと覆われていたが、顔が少しだけ見えた。アリーチェに会うことになったと伝えると、驚いたように身を起こし、もごもごと話し始めた。
「プレトのことを繁華街で助けてくれた人だよね?」
「そうだよ」
「わたしもお礼を伝えたいから、行こっかな……」
「そうしよう」

翌日、待ち合わせの喫茶店に着いた。店の駐車場は小さく、一カ所だけ空いていた。そこにレグルスを停め、中に入ると、窓際の席に案内された。アリーチェは時間ぴったりに入ってきた。プレトが手を挙げて合図を送ると、こちらに歩いてきた。
「お二人の方が早かったですね。駐車場が珍しく満車だから、少し離れたところに停めてきたんですよ」
ルリスとアリーチェの自己紹介を見守り、それぞれ注文してから軽く雑談した。打ち解けてきたところで、アリーチェが切り出してきた。
「会ったばっかりだけど、歳も近いから、タメ口で話してもいいですか? その方が仲良くなれそうだし」
「私は構いませ……いいよ」
「わたしも」
「ありがとう! 敬語使うの緊張しちゃうんだよね」
アリーチェが笑うのと同時に、注文したものが揃った。アリーチェは食べながら話しはじめた。
「事件の調べ方を知りたいって言ってたよね。まず、情報網と呼べるようなものはないよ。アリーチェブログは、ネット上に転がっている有象無象を拾い集めただけだから」
「コツとかあるのかな。私、アリーチェブログを見るまで、こんなに不審死があるなんて全く知らなかった。それってさ、アリーチェにあって、私にはない視点があるってことでしょ?」
「そうなのかなあ。強いて言うなら、物事に対する偏見が少ないのかもしれない」
「と言うと?」
「あんまり決めつけてかからないっていうか……例えばだけど、大手メディアと、オカルト雑誌だったら、前者の方が信憑性が高いだろうって、無意識に評価する人が多いと思うんだ。それが悪いとは思わないけど、あたしの場合、あまり気にせずにフラットに見てるのかもしれない。常識に囚われないように、固執しないように、一歩下がった視点で、落ち着いて情報を見るといいのかなって思うよ」
「なんかすごいね。さすがジャーナリストって感じ」
アリーチェは首と左手を左右に振った。
「そんなことないよ、偉そうなこと言っちゃったね。漠然としたことしか言えなくてごめんよ。こんな概念を伝えるためにわざわざ呼び出したのかって思った?」
イタズラっぽく笑っている。
「そんなことは思わないけど……確かになんで誘ってくれたの?」
「亡くなった子たちの身内がさ、嫌がらせに遭うケースが多いんだ。無言電話とか、ストーカーとか、レグルスにイタズラされたりね」
アリーチェは一度言葉を切ると、窓の外に目をやり、視線を動かした。
「ストーカーの中には、店内まで追いかけてくる奴もいるから、わざとここに誘ってみたんだけど、今のところ、そういう被害には遭ってないみたいだね」
思わず窓の外に視線を投げた。通行人とレグルスしか見えない。
「遺族の中には、そんな被害に遭ってる人がいるの?」ルリスは質問した。
「全員じゃないけど、中にはいるね。プレルリは、アオネちゃんの親族とか友達ってわけじゃあないから、狙われる可能性は低いだろうけど、心配だから確認させてもらったの。観察するようなマネしてごめん」
「親切にありがとう。わたしたち、製薬会社とかを敵に回してから、たまに変な奴に嫌がらせされるの。今のうちに知れてよかったよね」とルリス。
「うん。警察に訴えても全然相手にしてくれないから、自衛するしかないもんね。湖畔の件も、ドライブレコーダーの映像を勝手に消されちゃったみたいで、映像の証拠が残ってないんだよね」
「え? 消されたの? 警察に?」アリーチェは驚いたような声を上げた。
「確実にとは言えないけど、99%そうだと思ってる。警察もグルになって、あの事件を偽装したいんだろうね」
「……」
アリーチェが急に黙り込んだ。眉間にシワを寄せ、口元に右手を当てている。
「……どうしたの? 私、変なこと言っちゃったかな」
「違うよ。あたしの姉のときと同じだと思って……」
「お姉さん?」
「うん。数年前にレグルスの中で亡くなってるのが見付かったんだけど、ドライブレコーダーの映像が消えてたの。だから、外から来た犯人が分からなくって……」
アリーチェの視線は彼女のドリンクに注がれている。グラスの結露がコースターを濡らしていた。

(第9話につづく)

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