
チユリさんはアオネの写真を共有すると、ため息混じりに呟いた。
「でも……みんなに探すのを手伝ってもらったところで、私たちの行動範囲では見付かる気がしないわ。アオネが自力でこの街まで来れるとは思えないもの」
「アオネちゃん自身の行動範囲が限られていたとしても、周りに連れ出されたら、どこまで移動しているか分からないですよね」とビケさん。
「周り?」
「もしかしたら、ちょっとやんちゃな年上の友だちがいるかも知れないじゃないですか。そういう人たちに『学校をサボって都会へ遊びに行こう。ちゃんと家まで送るから、親にも連絡しなくていい』って説得されたら、ついて行ってしまう可能性もありますよね」
「そういう人たちと交流があるとは思えないけど……でも、可能性はゼロじゃないか……」
「アオネちゃんが素直な性格なら、騙されて連れ回されているかもしれないですよ。なので、この街や隣街を探すのもムダじゃないと思います」
「……そうね、ビケさんの言う通りだわ」
「アオネちゃんは進級祝いに、何を欲しがっていたんですか?」プレトは質問した。
「コスメ系だったかな」
「おませさんですね。可愛い」
「でしょ? とは言っても、ドラッグストアで買える範囲のものよ。友達が持ってるから自分も欲しいって言ってたわ」
「ますます可愛いですね。欲しいものが居場所のヒントになるかと思ったんですが……ドラッグストアのコスメを求めて家出するとは考えにくいですよね」
「そうよねえ……でも、ビケさんの話しと総合すると、ませてる友達がいて、その子に連れ出された可能性も見えてくるわね」
その日の昼休み、普段よりも長めに時間を取り、それぞれが別の飲食店に行くことになった。外食がてら、アオネを探すのだ。
「さっき、皆んなで手分けして探すことになったって連絡したら、姉夫婦も感謝してたわ。本当にありがとう。でも、危ないことはしないでね」
「チユリさんもですよ」
「このビケにお任せください」
「はーい、行ってきます」
プレトは自転車でショッピングモールに向かった。ストライプのレグルスはルリスが使っているからだ。隣街まで行くらしい。
「もう一台、レグルスを買った方がいいかなあ」
一人ごちると、口の中に雪が入ってきた。今日は特に気温が低い、アオネが凍えていないといいのだが。休日ということもあり、ショッピングモールには学生が多かった。中学生の集団もいる。
フードコートの席に着き、周りを観察していたが、アオネらしき人物は見かけなかった。食事を終え、店内や周辺も探してみたが、収穫は全くなかった。
帰宅すると、プレト以外の三人も同じ結果だった。
「まあ、お昼に少し見て回っただけで、見つかるわけないわよね……」
「気を落とさないでください。夜も探しますよ」チユリさんを励ました。
夜行性の生き物が活発になる時間、プレト一人で繁華街へ出かけることにした。ルリスも来ようとしたが、〈ワンルウ〉が再び中傷コメントを投稿しはじめたため、その相手をするよう頼んだ。今頃、クライノート上でレスバしているだろう。
人気のないところにレグルスを停め、徒歩で繁華街に入っていく。普段、ここには滅多に来ない。最後に来たのは何年ぶりだっけ? 確か、ルリスと一緒に映画を見に行ったときだ。まだ学生だったから、夜更かししてレイトショーを狙ったのだ。いつもはしないことをしたからか、気分が昂ぶって、やたらと楽しかったのを覚えている。アオネもそんな気持ちで都会を練り歩いているのかもしれない。それなら、どこかで遭遇できるかもしれないし、こちらが見つけられなかったとしても、警察にすぐ保護されるだろう。頼むから、元気に遊び歩いていてくれ。そう念じながら繁華街の中を進んでいった。
途中、24時間営業の大きなディスカウントストアに立ち寄った。コスメコーナーに入り、商品をしばらく眺めていたが、アオネは現れなかった。中学生らしき子もいない。キャラクターのジャージを着た女の子たちが、カラーコンタクトの棚を見てはしゃいでいるだけだった。
繁華街の突き当たり、映画館の前まで来た。怪獣映画の巨大なオブジェが展示されている。ロビーにも入ってみたが、アオネはいない。女子トイレも見たが、化粧直しをしている女性に睨まれてしまった。昼間に引き続き、収穫は得られなかったようだ。そろそろ帰ろうかな。万が一、帰り道で見つけることができるかもしれないと、ひとひらの期待を抱きながら、牛歩のように繁華街を引き返した。
道半ばまで来た時、誰かに声をかけられた。
「ねーねー、今ひまぁ?」
知らない女だ。布面積が少ない服を着ている。その上に、毛皮のコートを羽織っていた。そして酒くさい。酔っぱらいに絡まれてしまったのだ。相手は女だし、そこまで恐れなくてもいいかもしれないが、おかしな薬を売りつけられたりするのは迷惑極まりない。無言で立ち去ろうとすると、右の手首を掴まれた。
「なんかぁ、どっかでぇ、会ったこと、あるぅ?」
「ないです」きっぱりと答えた。
「そーかなー。見たことあるかもぉ……あ! クライノートで見たことあるぅ!」
真冬なのに、汗が出てきた。この人は、拡散されてしまったプレトの顔写真を見かけたことがあるのだろう。
「もしかしてー、有名人ー?」
「違いますよ。なんのことだか……」
「みんな来てー! 有名人いるぅ」
女は、離れたところにいる人たちに呼びかけはじめた。仲間かもしれない。これ以上、酔っぱらいに絡まれるのは面倒だし危険だ。早く帰りたい。女の手を振り払おうともがいていると、
「この子、あたしの連れなんだ。ごめんね」
別の女性が現れ、酔った女を引き剥がしてくれた。プレトの手を取り、人が少ない場所まで駆け足で引っ張っていく。酔っぱらいを撒いたのを確認すると、女性はプレトの手を離した。
「突然ごめんなさい。困っているように見えたから、つい」
「めちゃくちゃ困っていたので、助かりました。ありがとうございます」
「……あの、プレトさんですか?」
ぎくりとした。この人も私を知ってるのか。
「えーっと、違いますけど?」
「その寝癖はプレトさんしかいないですよ。クライノートで個人情報が広まってましたもんね。大変ですね」
「ああ……あはは……」
乾いた笑いが漏れた。助けてくれたところ、申し訳ないが、早く逃げ出したい。
「あたし、アリーチェですよ。DMありがとうございます」
「へ? アリーチェ?」
「ブログも読んでくれたんですよね? ほら、あたしのアカウントですよ」
女性は自身のクライノートを開いて見せてきた。DMの画面には、確かに〈プレパラート〉とのやり取りが表示されている。間違いなく本人だ。
「本当だ。え、でもなんでここにいるんですか? ……もしかしてストーカーですか」
「ちが……」
プレトの鼓動が速くなる。アリーチェの声を遮った。
「誰の命令でここに来たんですか? こんな時間にこんなところで偶然会うとかあり得ないですよね?」
「ねえ、ちょっと落ち着いて、大丈夫ですから。あそこにアパートが見えますよね。あたし、あそこに住んでるんです。だから、この繁華街にはしょっちゅう来るんですよ。週5くらいかな」
「なんのために」
「ネタ探し兼パトロール兼買い物。24時間営業の店も多いから便利なんですよ。あたし、フリージャーナリストだし、常にネタになりそうなことを探してます。あと、不審死の件も扱ってるから、若い子が犯罪に巻き込まれないように見回ってます」
「自分だって若いじゃん……」
「まあね」
アリーチェの顔半分がネオンに照らされている。髪も目もルビーのような色だ。ポニーテールが風に揺れている。ウソをついているようには見えない。彼女は話しつづけた。
「DMでも言いましたけど、プレパラート研究所から洗剤を買ったんですよ。そのときにラベルの住所見たんで、割と近所っていうのは知ってました。この国で一番人口が多いのはこの街なんだから、こんな風に遭遇するのも不思議じゃないと思いますけど……まさかここまで警戒されるとはね」
信じていいのか分からないが、とりあえず謝っておくことにした。
「……ごめんなさい。レインキャニオンに行く途中、味方ヅラした奴らに嵌められて殺されかけたんです……だからつい、怖くって……」
「製薬会社の関係者でしたっけ? クライノートに投稿してましたよね。ムリもないですよ。気にしないで」
アリーチェはカラカラと笑った。本当に気にしていないようだ。
「これどうぞ」と、紙を渡された。名刺だ。
「アリーチェって、本名なんです。何かあったら連絡くださいね。そんじゃ、おやすみなさい」
軽く手を振ると、アリーチェは夜の中に歩いて行った。
アオネではなくフォロワーと遭遇するとは思わなかった。予想外だが、不審死に関して調べている人物と直接会えたのは大きい気がする。アオネの捜索も手伝ってもらえるかもしれない。帰ったらルリスに報告しよう。
翌朝、チユリさんから休ませてほしいとの電話があった。アオネが遺体で発見されたらしい。
(第8話につづく)
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