
「またアンチ? イヤだよもう」ルリスは携帯電話から目を遠ざけた。
「スライムのように湧いてくるね。経験値くらいくれたらいいのに」
「もしくはアイテムを落とすとかね……ねえ、話し変わるんだけど、この投稿さ、さっきはもっと閲覧数が多かったよね?」ルリスが投稿の一つを指さした。
「そうだっけ、ちゃんと見てなかった」
「あ、ほら、こっちも閲覧数が減ってるよ」
「ほんとだ、こっちは見てたから覚えてるよ。なんでこんなに減ってるの? てか、減るとかありえないよね」
「前もやられたじゃん。クライノート側がインプレッション数を改ざんして、わたしたちの投稿が注目されていないように見せかけているんだよ」
「ああ、アレか。いつもやられてるから慣れすぎて忘れてた。みんなのところに私たちの投稿が表示されにくくしてるんだっけ。どんだけ暇なの」
「こういう妨害をされるってことは、〈プレパラート〉の投稿は誰かにとって不利益があるってことだよね? じゃあやっぱり、湖の件に関してウソの報道をしていたのは、わざとってこと?」
「そう考えると自然だね。間違って報道しただけなら訂正すればいいもんね。湖の件が他殺だとバレたくない奴がいるんだろうね」
「しかも、警察とグルってことでしょ? 100%悪者じゃん」
ルリスは顔をしかめ、大げさに頭を振った。金髪がプレトの顔をかすめる。女の子の死因を偽装したところで、何のメリットがあるんだろう。バレたらメディアとしての信用を失うことになるのに、それでもウソの報道をするということは、それだけの”ネタ”ということかな? プレトが画面をスクロールしていると、ある投稿が目に入った。やたらとインプレッション数が多い。反応もたくさん付いている。
『現在、湖畔で発見されたご遺体に関して、警察は捜査を進めているとのことです。〈プレパラート〉の投稿は捜査を妨害しているとも言えるような内容ですので、真に受けないのが賢明かと』
わざわざこちらの投稿を引用している。ユーザー名は〈ワンルウ〉だ。
「このアカウント、プレトは見たことある? わたしは見覚えないよ」
「全部のアンチを把握しているわけじゃないけれど、初めて見たような気がする。通りすがりのアンチか、新規のアンチか、どっちかな」
「どっちもイヤな響き。返信してみようかな。わたしが送ってもいい?」
「はいよ」
ルリスは画面に文字を打ち込み、〈ワンルウ〉に返信した。
『捜査の妨害をする意図はありません。実際に見たことを投稿しただけです。むしろ、こちらの情報が捜査に役立つのではないかと考えています』
すると、すぐに返信が来た。
『証拠がない状態での投稿は、捜査の役に立つのでしょうか? せめて写真などを添えた方がいいのでは? 取り調べに応じたとのことですが、その際に全て話さなかったのですか?』
『取り調べで全て話したのですが、報道にはほとんど反映されていませんでした。当時は余裕が持てなかったので、写真などの証拠はございません。また、SNSに寄せられた声が事件解決の糸口になるケースもありますので、情報をアップするのはムダではないと思っています』
『現場への移動はレグルスだったのでしょうか? でしたら、ドライブレコーダーに映像が残っているのではないですか?』
確かにその通りだ。ルリスと共に庭へ出て、レグルスのドライブレコーダーを確認した。大容量で数日分は記録できるから、当時の様子も残っているはずだ。しかし、驚いたことに、なぜかドラム缶を見つけた日の記録だけが消えていた。
「えー、ウソでしょなんで。今までこんなことなかったよね?」ルリスは困惑している。
「この日だけ消えてるとか怪奇現象じゃん……いや、現場検証のために、警察にレグルスを預けてたよね。そのときに消された?」
「警察にってこと? ……信じたくないけど、それが一番可能性が高いよね……どうしても他殺の証拠を残したくなかったのかな」
屋内に戻り、ルリスは〈ワンルウ〉に返信した。
『ドライブレコーダーを確認したのですが、当時の記録だけが消えてしまっていました。警察に消された可能性があります』
『警察が記録を消すものでしょうか。ますます怪しいですね』
「まあ、そうなるよね……」
その後も何度かやり取りしたが、〈ワンルウ〉はなかなか引き下がらなかった。他のアンチと比較して、かなり丁寧な口調だが、自分の主張を曲げる気はないらしい。このアカウントもクライノートに雇われているのか? もしも歩合制なら、〈プレパラート〉とレスバをすればするほど、もらえるお金が増えるのかもしれない。あちらの世界がどういう仕組みになっているのかは知らないし、知りたくもないが、〈ワンルウ〉の懐が潤う事態は避けたい。
けれど、放っておけば、何も知らない人が〈プレパラート〉のことを誤解してしまうかもしれない。女性は自殺したのだと思い込んでしまうかもしれない。それも避けたい。なんて返信しようか……ルリスと共に悩んでいると、投稿に表示されていたインプレッション数が目の前で変化した。減ったのだ。
「ルリス、これ見て」
「ああ……数字が小さくなっていく……まさかリアルタイムで見ることになるとは思わなかったよ。ちょうど今、クライノート側が操作しているんだね。動画に撮っておこうっと」
「撮れたかな?」
「ばっちり映ったよ。もう夜なのに、働き者だねえ」
「やってることも働かせ方もブラックだね。私たちは寝ようか。操作を指示された人たちの分も」
〈ワンルウ〉への返信は止めにして、ベッドに潜った。睡眠の方が大事だ。
翌日、出勤してきたビケさんと談笑していると、チユリさんも出勤してきた。いつもより遅い。暗い顔をしている。プレトは声をかけた。
「おはようございます。もしかして、体調が悪いですか?」
「みんなおはよう。ううん、体調は悪くないんだけど……」そこで口ごもってしまった。
ルリスが心配そうに近付いた。
「もしかして、また不審者がいましたか? 何かされたんですか?」
「そういうわけじゃないの……私の姪が、行方不明になっちゃったみたいで……」
「姪っ子さんが?」
「うん。姪っていうのは、姉の娘よ。アオネっていうの。昨日の夜、姉から連絡があって、何か知らないかって訊かれたの。でも、私はなんにも知らないから、心配で……」
「行方不明ですか……何か前触れみたいなのはあったんでしょうか。ご両親とケンカしたとか」
「仲良し家族だし、学校生活も順調みたいだから、突然家出するような理由はないと思うの。まあ、中学生だし、一人で抱え込んでる悩みごとの一つや二つはあると思うけど、何も言わずに出て行くとは考えにくいわ」
「アオネちゃんはこの街に住んでいるんですか?」プレトは質問した。
「ううん、もう少し田舎の街よ。ここからレグルスで一時間くらいかしら。しょっちゅう会えるわけじゃないけれど、私に懐いてくれているから、ときどきメッセージのやり取りをしているの。都会で買い物したいときとかは、私の家に泊まったりしていたわ」
「そんなに仲がいいなら、家出先としてチユリさんの家を選択しそうですよね」とビケさん。
チユリさんにマグカップを渡しながら話している。中身はきっとココアだ。少しでも気持ちが落ち着くようにと気遣っているのだろう。
「私もそう思うわ。姉も同じことを考えたらしくって、私に連絡してきたのよ。『そっちに行ってないか』って。でも、来ていないのよ……」
チユリさんはマグカップの中身を一口啜り、ため息をついた。
「中学生だとレグルスは操縦できないし、行動範囲は限られるわよね。寒い中、自転車で長距離を移動するのもしんどいし……どこ行っちゃったのかしら」
4人で頭を悩ませたが、中学生が行きたがるところなんて思いつかない。自分もかつては中学生だったのに、いったん過ぎてしまうと、何をしていたのかあまり思い出せない。
チユリさんは再び話し出した。
「春には中学2年生になるから、進級祝いをあげようと思って、何が欲しいか本人に訊いていたの。いくつか候補を教えてくれてたんだけど、急に返信が途切れたの。忙しいから携帯をいじる時間がないのかなって思っていたけれど、まさか行方不明になっていたなんて……プレトさんとルリスさんが不審死の女性を見付けたばかりだし、イヤな考えがよぎっちゃって……なかなか寝付けなかったから、今日はいつもより遅めの出勤になってしまったの」
ルリスがハッとした表情で切り出した。
「まさか、湖の件をクライノートに投稿しているから、逆恨みした悪い奴に連れ去られたとか? 身内ってことが特定された?」
「安心して、それはないわ。アオネには〈プレパラート〉のアカウントを特に教えていないし、行方が分からなくなったのは、二人がドラム缶を見付ける前日なの。だから関係ないのよ」
「そうなんですね……警察には連絡したんでしょうか?」
「当日の夜には、行方不明って通報したらしいの。学校にも同じように連絡したって言ってたわ」
ここまでほぼノーヒントだ。家族やチユリさんが分からないのなら、探し出すのはかなり難しい気がする。ここはやはり警察に任せるべきではないだろうか。いや、警察に任せっきりにするのも心配だ。きちんと探し出してくれるのかという不安がある。おかしな話だが。プレトは提案した。
「私たちも、空き時間でアオネちゃんを探してみるのはどうですか? 警察ほど広範囲は探せないですけど、何もしないよりはマシだと思うんです」
「それがいいね、探そう!」ルリスが乗ってくれた。
「皆んな忙しいのに……いいのかしら」
「何を言ってるんですか。やりましょう! チユリさんの姪はわたしたちの姪みたいなもんですよ! 会ったことないけど!」
「ビケさんもありがとう」
目を潤ませたチユリさんが、アオネの写真を共有してくれた。チユリさんに雰囲気が似ている。優しそうな子だ。
(第7話につづく)
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