
アリーチェブログには、歴代の不審死がずらりと並んでいた。悪い意味で壮観だ。筆者が把握しているだけでこの分量なのだから、実際はもっと多いのかもしれない。こんなの知らなかった。画面から目を離せないでいると、シャワーを終えたルリスが浴室から出てきた。
「生還しました! ……あれ、どうしたの?」
「これ見て」
携帯電話の画面をルリスに向けると、大きく目を見開いた後にゆっくりと閉じた。無言で浴室に戻ろうとしている。プレトはその腕を掴んだ。
「ちょっと、いま上がったところでしょ」
「怖すぎる。浴室にいたほうがマシ」
「いいから、服着てリビングに行こうよ」
ルリスの着替えを急かし、並んでソファに座った。
「この情報って本当なのかな」
「これだけのウソを並べるメリットはないだろうから、騙す目的で記事を書いているわけではないと思う。ほら、引用元とか、ソースにした記事のリンクを貼ってるもん」プレトは画面を指した。
「ほんとだ。この量をご丁寧に。すごいね。このリンクを見ていけば、本当かどうか分かりそうだね」
「分担して見ていかない? 私は上から見るから、ルリスは下からお願い」
「了解」
ルリスも自分の携帯電話でアリーチェブログを開き、不審死リストを下からチェックしはじめた。プレトも一番上のリンクから読んでいった。斜め読みしただけだが、不審死と表現するに相応しい事件だった。女子中学生が学校のプールで溺死していたらしい。制服を着た状態で、縛られていたと書いてある。これも、周囲の証言や学校生活の様子を総合して自殺扱いになったようだ。
「自殺なわけないじゃん」思わず口に出してしまった。
「そっちも? こっちも変な事件だよ。一応、他殺として捜査を始めたはずなのに、警察がろくに動かなかったっぽい。女子高生が裸で木に吊るされているのを山の中で見つけたとか書いてある」
「うわあ……ルリス大丈夫? お願いしておいてアレだけど、無理しないで」
「うん。文章だけだから、なんとか大丈夫」
時々、リンク先の記事が削除されていたり、非公開になっているものもあったが、確認できた限りでは、本当のことを書いているようだった。チェックし終えると、ルリスは携帯電話を置いて伸びをした。
「ウソつきブログではなさそうだね。よかったね」
「この人、ブログ以外にも何かやってないのかな。クライノートとか。検索してみようかな」
プレトはクライノートを起動し、検索をかけてみた。あっさりヒットした。
「アカウントあった」
「早っ!」
そのまま〈アリーチェ〉というアカウント名だ。プロフィールや投稿内容を見る限り、アリーチェブログの筆者と同一人物のようだ。
「あれ、この人、わたしたちをフォローしてるよ」
「ほんとだ、フォロワーだったんだ……DMしてみてもいいと思う?」
「ダメってことはないけど、なんて送るの?」
「湖畔の自殺体に関して情報を持っていませんか……とか?」
「一番情報を持っているのはわたしたちだと思うよ」
「そりゃそうだ」
「ブログ読みましたって送ればいいんじゃない」
「だね、そうする」
〈アリーチェ〉にDMを送り、不審死リストを見たと伝えた。返事待ちの間にクライノートのコメントをチェックすると、リアクションがいくつかあった。
『私の母校でも昔、自殺者が出たらしいです。私は亡くなった人と面識はないのですが、同級生が「陽キャだったし自殺するとは思えない」って言っていたのを覚えています。想定外の亡くなり方をする人っているんですね』
『うちが通ってる高校、毎年自殺者が出てるよ。ほとんど飛び降りだし、皆んな受験で悩んでたっぽいから、今回の不審死とは関係ないだろうけど、なんか怖いよね』
『風のうわさレベルだけど、ストーカー被害を訴えてたOL(20)が遺体で見つかったとき、会社のいじめで自殺したって片付けられたらしい。背中に刺し傷があったのにだよ? おかしくない?』
『亡くなってはないけど、行く先々で嫌がらせに遭ったから引っ越してきましたって人が近所にいる。行く先々っていうのは、職場とかスーパーとか病院ね。今はそういうのがなくなって安心してるって言ってたけど、引っ越してこなかったらどうなってたんだろ』
『無理やり自殺させられた人がいるっていうのは聞いたことある。自分が死なないと家族がどうたらこうたらって話してたらしい。人づてだから知らんけど』
プレトは小さくため息をついた。
「コメントをもらえるのはすごくありがたいけど、読んでるだけで気が滅入るね。ルリスもほどほどにね」
「まだ大丈夫。恐怖よりも、こんなに治安が悪かったのかっていう驚きのほうが勝ってる」
「こういう事件、全く知らなかったよね。私たちって結構平穏に生きてたんだね」
「レインキャニオンに行かされた人のセリフとは思えない」
「……ちょっと待って、私たち、レインキャニオンでも道中でも、何回も殺されそうになったじゃん。あのまま死んでたら、自殺扱いにされてたのかな」
「その可能性はあるね。自殺は難しくても、事故死にすることは簡単にできるだろうし……危なかったね」
「ほんと、ははは」乾いた笑いが漏れた。
「あ、DM来てる」ルリスが画面を指した。
プレトがDMを開くと、〈アリーチェ〉からの返事だった。
『DMありがとうございます。先日、プレパラート研究所の洗剤を購入しました。おかげでレグルスがピカピカですよ。ブログを読んでくださったんですね。不審死の事件に興味があるんですか? もしかして、湖畔の件を目撃したからですか? 失礼ですが、本当に第一発見者なのですか?』
『洗剤のご利用ありがとうございます。はい、信じていただけないかもしれませんが、第一発見者です。警察の取り調べにも応じました。ニュースでは自殺と報道していましたが、他殺だと思います。わざわざこじ開けないとドラム缶の蓋は開かなかったので。〈アリーチェ〉さん独自の調査で何か情報が入ってたりするかなと思ってDMを差し上げました』
『すみません。〈プレパラート〉さんのおかげでワクチンを回避できたので、疑っているわけではないです。顔が見えないやり取りなので、一応確認させていただきました。大変でしたね。〈プレパラート〉さんが通報しなければ発見がもっと遅くなっていたはずですから、早くに対応していただけてよかったと思いますよ』
一度区切られたあと、続けてDMが来た。
『こちらでも湖畔の件を少し調べてみたのですが、目新しい情報はまだ掴めていません。〈プレパラート〉さんが持っている情報が一番確実で新鮮だと思います。ブログをご覧になったのならご存知かもしれませんが、昨年、女児の遺体がスーツケースに詰められた状態で川岸に放置されていた事件がありました。その事件は他殺ということで捜査されているようですが、未だに犯人は見付かっていません。スーツケースに証拠が残っていそうなのに、不自然ですよね。湖畔の件も、これと似た感じがあるなと思いました』
数往復のやり取りの後、〈アリーチェ〉に礼を伝えた。プレトは唸った。
「うーん、シンプルに怖い」
「女児のスーツケース詰めって、なんなのよほんと」
「今まで聞いた中で一番悪趣味な響きだね。あ、コメントが増えてる」
投稿を見返すと、フォロワーからの新しいコメントが付いていた。
『湖のこととは関係ないかもしれないけど、この前、自殺者が増えてるっていうニュース記事を読んだよ。リンク貼っておくね』
リンクをタッチすると、自殺者数を紹介している記事に飛んだ。5年前から昨年までの記録が載っている。年々増加傾向にあって、記録を開始して以降、昨年が最多となったとのことだ。
「悲しい情報だね」ルリスは呟いた。
「うん……湖の件はさておき、この国では不審死が定期的に起こっているし、実際はどうであれ、自殺と認定された件数も増えているってことだね」
「単純に考えると、自殺も他殺も増えてるってことか。物騒ってことは分かったよ」
「ねえ、私たちが体験したことを、もっと詳しく投稿するべきかな? さすがにあの投稿一つで第一発見者だと信じてくれっていうのは無理あるよね。初期からフォローしてくれてる人ならまだしも、初見の人は疑いまくって当然だよね」
「そうね、一連の流れを紹介してもいいかも。被害者の個人情報を晒すわけでもないし」
プレトは当日の流れを順に投稿していった。できるだけ精密に思い出そうとすると、胸のあたりがつかえた。瞬きする度に女性の顔が浮かぶ。無表情に見えたが、どれほど無念だったろうか。プレトたちが彼女を見付けたのも、何かの巡り合わせかもしれない。ウソの報道を否定しなければ。
いくつか投稿すると、新しいコメントが付いた。
『投稿するネタが無くなったとたん、死者を冒涜しはじめてほんとウケる。他にやることないわけ? ムーンマシュマロの売り上げが落ち込んで暇なの?』
『警察の捜査にケチつけるとか、どの立場にいるんだよっつー話し』
『これってもしかして、自分が犯人だから他殺だって主張できるんじゃないの? げー、きもー』
アンチが群がってきたようだ。
「うわあ、こうなるのね……」
ルリスの声が引きつっている。アンチというのは、こんな話題にも噛み付いてくるのか。プレトは鉛のようなため息をついた。
(第6話につづく)
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