
反対尋問が始まり、所長が用意した弁護士が話しはじめた。
「単刀直入に質問しますが、証人はなぜ、ケーゲルの帳簿を持ち出したのですか?」
やっぱりこの質問が来た! バイマトさんが言っていた通りだ。この話題については、これまでの裁判で再三こすってきたはずなのに。弁護側はどうしても、『証人は殺人未遂されても仕方ない人物』という方向へ話を持っていきたいらしい。それくらいしか、所長の罪を軽くする方法はないのだから、当然と言えば当然だ。プレトは答えた。
「事務職として、ケーゲルの販売情報は知りたいと思いました。正直に申し上げますと、事務所で活躍すれば、パラライトアルミニウム研究チームへ戻れるかもしれないという考えも、少しはありました」
「証人はなぜ、事務所に異動することになったのでしょう。研究所内で問題を起こしたのではないですか?」
「私はレインキャニオンから帰ってきた後、急遽、事務所へ異動させられました。理由は分かりません。レインキャニオンから戻ったばかりでしたし、問題を起こす暇もありませんでした。異動に同意はしたくなかったのですが、命令に歯向かうとどうなるか分からず、怖かったので、大人しく従いました」
「では、ケーゲルの帳簿を持ち出すことに問題意識はありましたか?」
「いいえ。ありませんでした」
「それはなぜでしょうか?」
「研究所内には、社外秘の資料や情報が沢山あります。ですが、研究所の規則では、社外秘のものについては”社外秘”と明記する規定があります。ケーゲルの帳簿には”社外秘”の記載がありませんでしたので、持ち出すことを禁じられている資料ではないと判断しました」
「普段から、研究所内の情報を持ち出すことはあったのですか?」
「はい。社外秘でない情報は、自宅に持ち帰って精査したり、研究の続きを行ったりする場合がありました。これは私だけでなく、研究所内の職員ならほぼ全員が日常的に行っていることです」
「その”社外秘”のルールについては、どこで耳にしましたか?」
「新入社員時代に、新人研修で説明されました。”社外秘”のルールに変更があれば、研究所全体に情報共有されると思いますので、規定は変わりなく機能しているはずです」
「では、倉庫の地下室へ入ることについては、問題意識はありましたか?」
「いいえ。倉庫へは、研究所の人間なら自由に出入りすることができます。それに、倉庫の地下室は見付けるまで存在を知りませんでしたが、逆に言うと『立ち入り禁止』とも明言されていませんので、入っても問題ないと考えました。鍵もかかっていませんでしたので、私が知らないだけで、一部の人間がしょっちゅう出入りしている空間かと思いました」
これらは、バイマトさんと共に考えた回答だ。少し屁理屈っぽい気もしないではないが、ウソはついていない。たくさん喋って喉が渇いてきた。手汗をパンツスーツの腿で拭いた。
「なぜ、被告人の部下に呼び出された際、ケーゲルの帳簿について知らないと発言したのですか?」
「所長にとってよほど不利な行動だったと分かったので、保身のためにしらばっくれてしまいました。再びレインキャニオンのような僻地に追放されるかもしれないと思い、怖くなってしまいました」
その後もいくつか質問を受け、反対尋問は終了した。おおよそバイマトさんと練習していた内容だったので、うまく答えることができた⋯⋯と思いたい。はあ、長すぎる。いつ終わるんだろう。何かジュースでも飲みたい。
次は再主尋問だ。たった今行われた反対尋問の効果を弱めるために、証人が答えやすいように質問し直したり、新しい質問を投げかけたりするらしい。バイマトさんが、再び口を開いた。
「弁護側は、証人がケーゲルの帳簿を持ち出したことに非があるかのように表現していますが、先ほど証人が話した通り、研究所には社外秘についての規則があるため、問題行動には当たらないと判断できます。さらに、研究所の情報を調べたところ、誤って社外秘の情報を持ち出してしまった研究員が過去に数名いたことが分かりました。その研究員たちは皆、厳重注意や減給の処分で済んでいますので、万が一、証人の行動が研究所の規則に違反するものだと判断された場合も、同様の処分で済まされるべきです。証人はどう考えますか?」
「厳重注意や減給の処分を受けるのなら納得できますが、拘束された状態でパラライトアルミニウムのタンクに沈められるのは納得できません。助けてもらわなければ間違いなく溺れていたので、私刑によって命を落としていたことになります。そもそも、私の行動が研究所の規則に違反していたとも思えません」
「証人の身体を無理やり拘束した時点で、強要罪や暴行罪に該当する疑いがあります。一連の出来事について被告人は、部下が独断で行ったことだと主張していますが、証人はどのように考えますか?」
「私は、所長の指示を受けた部下たちが行ったと考えています。私がタンクへ入れられた際、部下の一人が『移動中に所長から連絡があってな、お前はここで沈めていいと言われた』と発言しました。他にも、研究所や関連施設の秘密に気付いた人たちをタンクに入れて脅しているとも話していました。これは、クライノートなどで拡散されている動画でも確認することができます」
「他に気付いたことはありましたか?」
「タンクから引き上げられた私の足には、研究所の職員の社員証が引っかかっていました。私と同じような目に遭った人がいる証拠になると思います。所長が殺人未遂や脅迫を行うのは、初めてではないということです」
「分かりました。今回の裁判とは少しずれるかもしれませんが、被告人が証人に対して渡した命令書の内容は、パワーハラスメントに該当する疑いがありますし、レインキャニオンへの道中でも、被告人からの攻撃と思われる出来事が何度もあったとのことです。証人から説明してもらえますか?」
「はい。道中で、キリンパンとフーイと名乗る男たちと合流しました。私と友人の道案内を頼まれたなどと話していましたが、彼らのせいで酷い目に遭いました」
「どのようなことをされたのでしょうか?」
「ドクププという毛虫に刺されて死にそうになりましたし、密林で待機させていたらしいケーゲルに閉じ込められました。これらも、すべてクライノートに投稿しています」
「証人は、キリンパンとフーイという男たちについて、所長の関係者だと思いますか?」
「はい。キリンパンは製薬会社の社員証を持っていました。所長の研究所と製薬会社は、どちらも資源省の管轄なので関係が深いです。だから、所長が製薬会社の社員を利用することも可能だと思います。フーイは、『所長から依頼されて来た。殺してもいいと言われてる』と言っていました」
思い出したら胸がムカムカしてきた。あのときは本当に辛かった。筆舌に尽くしがたいほどに。
バイマトさんが、プレトの発言や主張をまとめ、再主尋問が終了した。次は、裁判官からの補充尋問だが、必要ないと判断されたらしい。
「ではこれで、尋問は終わります。証人は傍聴席に戻ってください」
プレトは裁判長の声に従い、元の席へ戻った。そこからは、被告人質問や、弁護士による最終弁論などが行われたが、前回の裁判と同じような内容だった。所長は相変わらず自分の罪を認めようとしない。その後、裁判の審理が全て終了し、今回の公判は閉廷となった。やっと終わった! 長かった!
法廷から退場し、長く長く息を吐くと、プレパラート研究所の三人が労ってくれた。
「よく頑張ったわね」
「お疲れさまです!」
「プレトがあんなに喋ってるとこ、初めて見たよ」
「応援ありがとうございます。一生分喋ったような気分です」
バイマトさんが傍に来て声をかけてくれた。
「練習通りでしたね。バッチリです」
「うまく行ったならいいのですが、結果が心配です」
「証人尋問は、今回だけで済みそうです。判決が出るのは、だいたい二週間から一ヶ月後になるので、それまで気楽に待ちましょう。心配するだけ損ですよ」
「はい」
「また後日連絡を差し上げますので、今日はこのまま解散していただいて構いません。お疲れさまでした」
バイマトさんはそう言うと、忙しそうにどこかへ移動した。まだまだやることが沢山あるのだろう。ビケさんが楽しそうに話し出した。
「プレトさん、夕飯のリクエストはありますか? 食べたいもの、何でも作りますよ!」
「わたしも一緒に作る! 打ち上げしようよ!」
ルリスも乗り気だ。
「でも、まだ判決は出ていないんだよ。打ち上げは早くないかな⋯⋯」
「頑張ったんだから、打ち上げしたらいいじゃないの。私たちが判決をコントロールできるわけじゃないし、今日の分のお疲れさま会をすればいいのよ。二人もそう思うわよね」
チユリさんの言葉に、ルリスとビケさんが大きく頷いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて⋯⋯」
プレトは何を食べようかと考えた。食べ物の合間に所長の顔が脳裏に浮かび、食欲が失せたが、これだけ体力を使ったのだから、お腹に何か入れた方がいいだろう。
「……カレーが食べたい」
(第103話につづく)
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