【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第78話・隣国の怪しいスパイス」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第78話・隣国の怪しいスパイス」by RAPT×TOPAZ

翌日、製薬会社がラピス溶液の材料を偽っていたことが、ネットニュースで報じられた。製薬会社はレシピについての詳しい声明をまだ出していないようだが、材料を偽って大きな利益を出していたことは国民に広く知れ渡ったようだ。こうして製薬会社の信用が失墜したことにより、スパイク肺炎ワクチンが危険だという世論も自然と広まっていった。
「製薬会社はこれからどうなるのかな」
ネットニュースを読み終わると、ルリスがぼそりと呟いた。
「ただでは転ばないと思うけど、信頼を取り戻すのは難しいだろうね。所長みたいに下の職員に責任をなすりつけたりするかもしれないけど、そんなことしたらかえって国民の反感を買うだろうし」
「プレトがいた研究所は、製薬会社と仲良しだったよね? 研究所も大変なことになっているのかな」
「そうかも。死んだふりを始めてから一度も出勤してないから、中の状況がどうなっているのかさっぱり分からないけど……そういえば、最近はもう研究所からの連絡も全く来てないな」
心配する素振りすらしてもらえなくなったと思うと、なんだか複雑な気持ちだった。レインキャニオンへ行くように命令されるまでは、いい職場だと思って楽しく出勤していたが、今ではそんな日々が幻のように思える。
「ねえ、こっちのニュース記事も見て。これって部長補佐たちが売ってる商品のことかな?」
ルリスが指さした記事には、健康に良いと称するチョコレート製品が紹介されていた。
「きっとそうだね、私たちの真似をして作った例のアレだ。ネットニュースになるくらいなら、かなり注目されているのかな。それとも単なるコネかな」
「この記事のコメント欄も見てほしいんだけど」
「どれどれ……あら、思ったより不穏だ」
コメント欄には、部長補佐たちのチョコレートによって、ワクチンの副反応が改善したというコメントが付いていたが、その一方で『改善しなかった』『悪化した』『他の体調不良に見舞われた』というコメントもたくさん付いていた。
「ムーンマシュマロのときは、こんなマイナスコメント見かけなかったよね」
「うん。だからちょっと気になったの。部長補佐たちは、ムーンマシュマロに入れているムーン液を解析したらしいけど、きちんと私たちと同じように作っているのかな」
ルリスは首をかしげた。
「アンチが面白がって書き込んでいるだけかもしれないけど、なんか気になるね。クライノートの方も見てみようか」
クライノート内で検索をかけてみると、ネットニュースと同じように賛否両論の声が上がっていた。そのうち、いくつかのユーザーがチョコレート製品の原材料について指摘していた。
「あまり見かけないものが入っているらしいよ。ディユっていうみたい」
ルリスはそう言うと、ハッとしたような顔をした。プレトにとっては初めて聞いた名前だが、ルリスは知っているようだ。
「ディユって、隣国でしか取れないものだった気がする。確かスパイスだったかな。食品には入れないようにって調理学校で教わったけど、そんなものが部長補佐たちの作ったチョコレートに入ってるの?」
「そうらしいよ。ほら、パッケージの写真を投稿している人がいるけど、原材料のステッカーにディユって書いてある」
「本当だ。この国では普通、こんなもの使わないんだけどな」
「食べると危険なの?」
「健康な人が少し食べるくらいなら平気だけど、ワクチンで身体を壊している人が食べるのは良くないかも。チョコレートを食べたのに、ワクチンの副反応が改善しなかったり、悪化したりしている人がいるのは、ディユのせいかもしれない」
「そんな……どうしてこんなものが入っているんだろう。わざわざ隣国から取り寄せているのかな」
「でも、そんなことしても何のメリットもないけどなあ」
ルリスは少し考え込んだ後、ふと思いついたように言った。
「でも……隣国の人は、幼い頃から日常的に口にする習慣があるって聞いたことがある」
「ご当地グルメ的な?」
「まあ、そんなところかな。だから、ディユを食べても平気らしくて、香り付けのために料理に混ぜるみたいなんだよね。部長補佐ってさ、もしかして隣国の人なのかな」
「外国人ってこと? そんなこと、考えたこともなかった。でも、隣国とは陸続きだから言語も同じだし、区別がつかないよね」
「外国人だと思うと、納得できる部分もあるよね。ムーンマシュマロを真似して売りはじめたり、ちょっと手段が強引というか」
「そう言われてみるとそうかも。私たちの国って割とおとなしい人が多いけど、部長補佐たちはかなり大胆な感じがするよね」
モンド機関に所属している国の中でも、特に隣国はトラブルメーカーのような存在で、他国とも度々揉め事を起こしている。
「自分たちの習慣通りに香り付けとしてディユを入れちゃって、この国の人たちの口に合わなかった……と考えると納得できるよね。食品関係の仕事をしてる人は、ルリスみたいにディユが危険だって知っているの?」
「知っているはずだけど、普段はあまり使わないから、逆にあんまり意識していないかも。入っているとすら思わないかな」
「注意喚起した方がいいかな」
「そうだね。症状が悪化している人たちもいるし、見過ごせないよ。元気になれると思って食べたのに、取り返しがつかないことになりました……なんてシャレにならないし」
「営業妨害するなって部長補佐に怒られるかな。まあいいや。今さら何かを怖がる必要もないか」
部長補佐たちの販売するチョコレートには、隣国のディユが入っているから体調を崩す可能性がある……と、ルリスがクライノートに投稿した。
「未だにシャドウバンされているから、拡散できるかどうかはフォロワー頼みになっちゃう」
「わたしたちのフォロワーは意識高い人が多いから、なんとかしてくれると思うよ。今日もパラライトアルミニウムの注文が入っているから、梱包と発送しようね」
数時間、二人で作業をした後、プレトは激しくまばたきをした。
「どうしたの。目がカメラの連写みたいになってるよ」
「細かい作業に集中してたから、眼球が乾いてパッサパサなんだよ。ひび割れて崩れ落ちそう」
「それは大変、ちょっと休憩しよっか」
動物実験で使ったウサギを膝に乗せ、目を閉じたまま撫でた。しばらくすると、瞼にペタリと何かが乗った感覚があった。スカイフィッシュがアイマスクのようになってくれたらしい。ひんやりしていて気持ちがいい。うとうとしていると、ルリスに身体を揺すぶられた。
「フォロワーが想像よりも頑張ってくれたみたいだよ」
スカイフィッシュに礼を言い、ルリスが見せてきた携帯電話に視線を向けると、部長補佐たちのチョコレートについて批判のコメントが集まっていた。主に、食品関係の仕事をしている人たちが警鐘を鳴らしているようだ。この国の人間には、体質的にディユが合わないという内容だった。他にも、ムーンマシュマロを真似した商品ではないかと指摘している投稿もたくさん見受けられた。

『ムーンマシュマロも、スパイク肺炎ワクチンの健康被害に効果があったよね? ぽっと出のチョコレート製品はなんなんだろ、パクリ?』
『ムーンマシュマロには余計なものが入っていなかったのに、なんでこれにはディユが入ってるの。わざわざ入れる神経がわからん』
『後出しで下位互換商品を出すのは悪手でしょ』
『パクった上に改悪するとか意味がわからない。しかもディユ入りってことは隣国の奴らの仕業? パクリはあいつらの常套手段だよね』

プレトは思わず口を開いた。
「おお、なんて優秀な人たち」
「わたしたちがわざわざ指摘しなくても気付く人は気付くってことだね」
「ワクチンの影響で、この世の中の情報に対して敏感になった人が増えたのかな」
二人は、さらに気になる投稿を見つけた。

『チョコレートの原材料にも虹って書いてあるけどさ、隣国の奴らって虹の採取技術あるの?』

それはプレトも気になっていたことだった。部長補佐は長年、研究所にいたわけだから、その間に虹を採取する方法を隣国に流し、組織だって採取した可能性がある。
「レインキャニオンって、こっちの国の領土だから、隣国が勝手に虹を採取していたとしたら問題になるよね?」ルリスが質問してきた。
「なるね。隣国は資源を盗んだ罪に問われるかも」
「国際問題?」
「ありえる」
「それってちょっと、わたしたちの手には負えないよ」
プレトは視線を落とし、ウサギを抱きしめた。これまでの問題だって自力で解決してきたわけではないが、国際問題となると余計に気が遠くなってきた。

(第79話につづく)

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