【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第65話・秘密の帳簿」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第65話・秘密の帳簿」by RAPT×TOPAZ

プレトは再び、部長補佐からの電話に出た。そして言った。
「所長たちが隠している帳簿を探す代わりに、私からもお願いがあります。スパイク肺炎ワクチンの解毒剤を作りたいと思っているのですが、そのサポートをしていただきたいです」
「解毒剤? なんですか、それは」
「ワクチンに含まれる毒を打ち消すものです。副作用を発症した人たちのために」
「また陰謀論ですか? そんな話はやめにして、帳簿を探すことに集中してください」
「陰謀論じゃないです!」
「とにかく、これは所長だけでなく、法務省や製薬会社といった関係者も芋づる式に摘発できるかもしれないチャンスなんです。あなたも所長に仕返ししたいでしょう」
「それはそうですけど……」
ルリスを見ると、小声で「プレトについてく」と言ってくれた。
「……わかりました。探してみます」
しぶしぶ要求を受け入れた。

プレトは翌日の昼休み、倉庫へ向かった。所長補佐の依頼どおり、地下室で帳簿を探し出してやるのだ。すっかり倉庫番になっているチユリさんに挨拶をした。
「昨日は虹とハロを運んでいただいて、どうもありがとうございました」
「どういたしまして。もう昼休みだけど、探し物なら手伝うわよ」
「いえ、すぐに終わるので」
「そっか。私は食堂に行くわね。プレトさんもちゃんと食べるのよ」
チユリさんの背中を見送ると、昨日教えてもらった地下室に入り、電気をつけた。本当にこの中にあるのだろうか。確証はないが、思い当たる場所はここしかない。書類はアルファベット順に並べられているようだ。先ずはケーゲルの頭文字である「K」に分類されたクリアケースを開けてみた。幸い、数が少ないため、すぐに見付けられそうだ。一つ一つ、表紙に目を通していく。
時折、上から物音が聞こえてくる。誰かが倉庫を出入りしているのだろう。足音が近付いてくる度に、心臓が早鐘を打った。書類を探る手が緊張で震える。早く見付けて帰りたい。しかし、そこにケーゲルに関する書類は一つもなかった。パラライトアルミニウムの文字すら見付からない。ここではない場所に保管されているのだろうか。見当違いだったのかな……
気落ちしながら地下室を出ようとしたが、ふと思いとどまる。私はスペルを覚えるのが苦手だ。私のような人間が書類の分類を任されたら、間違った場所に収納してしまうかもしれない。踵を返し、「C」の分類を確認してみた。書類を掻き分けると、目当ての帳簿らしきものが出てきた。こっちにあったのか! わざとなのかミスなのかは不明だが、そんなことはどうでもいい。こんな地下室、さっさと出てしまおう。帳簿を服の中に隠し、地上に向かって梯子を登った。焦って数段踏み外しつつも、なんとか登りきると、事務所に駆け足で戻る。
プレトは事務所のリーダーに早退を申し出た。帳簿を隠し持ったまま、午後の勤務時間を乗り切れる気がしなかったからだ。
「異動してきたばかりなのに、もう早退するの?」
と、上司にからかわれたが、腹が痛いとウソをついた。自宅に帰ると、ルリスが驚きつつ出迎えてくれた。
「あれ、早いね。何かあったの?」
「仮病を使ったの。昨日、部長補佐が言っていた帳簿を見付けたかもしれない」
ルリスに帳簿を渡すと、彼女はパラパラとめくった。
「本当だ。ケーゲルとパラライトアルミニウムを売った記録だね。相手は企業なのかな? 個人なのかな? 知らない名前だ」
「なぜかCの分類に入っていたんだよ。Kだけ探していたら見付けられなかった……あー、すごく疲れた」
ルリスがコーヒーをなみなみと淹れてきてくれた。
「なんか、想像もしていない展開になったね。虹を採取したら終わりかと思っていたよ」
「私も。部長補佐に帳簿を渡して、なんとかしてもらおう」
プレトは部長補佐に電話をかけた。
「帳簿を見付けました。倉庫の中に隠された地下室にありましたよ」
「もう発見したんですか。本当にその帳簿であっているんですか?」
「知りませんよ。部長補佐がチェックしてください」
「そうですか。では早速、帳簿を渡してもらいたいので、都合の良い日を教えてください」
「今日中がいいです。手元に置いておきたくないので」
「分かりました。では、帳簿は茶封筒に入れ、さらに黒いビニール袋に入れてください。それをショッピングモールの駐車場の入口から数えて、4番目の植え込みに忍ばせてください。ただちに回収します」
通話が終わると、ルリスが不思議そうに言った。
「渡し方って、こんなのでいいの? もっと慎重な方法とかじゃなくていいのかな」
「目立ちたくないのかな。向こうが指定した方法だから、これでいいんだろうね。なくなっても私のせいではないし……茶封筒も黒いビニールも家にあるから、さっそく包んで置いてくるね」
コーヒーを飲み干すと、自転車でショッピングモールへ向かった。指定された場所に帳簿を置き、離れてから部長補佐に電話をかけた。
「帳簿を置きました。ゴミと間違えて持ち去られないか心配です」
「大丈夫です」
そう言われても不安なものは不安だ。帳簿が入った黒いビニールを物陰から眺めていると、誰かが歩きながら素早く回収したのが見えた。
「ちょっと! 誰かが持って行っちゃいましたよ!」
「僕の仲間ですから大丈夫です。内容も確認できましたので、プレトさんはもう帰っていいですよ。そのように挙動不審にしてると、怪しまれますよ」
“そのように”と言うことは、こちらの様子を見ているのだろう。きちんと帳簿を渡さなかったら、どうなっていたのかな。背中がゾワゾワしてきた。
「家まで追いかけて来ないでくださいね」
「そんな趣味も暇もありません。所長がケーゲルを密売している件については、世の中に情報を出せるよう、こちらで早急に対応します。お疲れさまでした」
あっさり引き渡しが終わったことに拍子抜けしたが、トラブルに巻きこまれずに済み、安堵のため息をついた。まっすぐ帰宅し、外での行動を見張られているかも知れないとルリスに伝えた。友人は露骨にイヤそうな顔をした。
「それが本当ならストーカーじゃん……別行動する機会が増えたし、携帯のGPSを共有しておかない?」
「そうしよう」
互いの位置情報を共有できるよう、GPSを同期した。
「ようし、面倒なことは終わったし、解毒剤の実験をしようかな」
ルリスと共に、虹とハロをノコギリで薄くスライスした。小さくしないと、シャーレと呼ばれる器に入らないからだ。ルリスがノコギリを引きながら話した。
「わたしも解毒剤の実験をやってみたいな。なんの知識もないから作れないだろうけど」
「……いや、先入観のないルリスが協力してくれた方がうまくいくかも。手分けして進めよう。あっちの薬品は危険だから触らないでほしいけど、ここに並んでいるものは好きにしていいよ。一応、手袋はしてね」
二人で協力し、効果の現れそうな薬品をひたすら虹とハロにかけていったが、どちらも全く変化しなかった。溶けすらしない。日が落ちても、状況に変わりはなかった。帳簿は手に入れたが、解毒剤については空振りに終わりそうだ。眉間を揉んでいるルリスに声をかけた。
「今日はこの辺にしよう。明日また実験したら、なにか結果が得られるかも」
「了解。こういうのは根気強くやらないとね」
片付けをしていると、部長補佐から再び電話がかかってきた。
「良い知らせがありますよ。生放送のニュース番組を観てください」
通話状態のまま、リビングのモニターをつけた。アナウンサーが番組開始の挨拶をしている。すると、スタッフが台本を差し替える様子が映った。新しい台本に目を通したアナウンサーが、動揺を隠すかのようにハキハキと話しはじめる。所長がケーゲルを兵器として外国に売りつけているという内容だった。スタジオ内がざわついているのが画面越しにも伝わってくる。ニュースでは、取り引きした相手国の名前や、ケーゲルの燃料であるパラライトアルミニウムも同時に売買していることが伝えられた。
「部長補佐、これって……」
「帳簿の情報をもとに調べて分かったことです。あらゆる手を使って無理に放送させました。骨が折れましたよ」
「すごい。こんなに早く報道されるなんて……」
ルリスが呟いた。コメンテーターの一人が、所長に対して説明を求める言葉をとっさに口にしたが、突然、番組がスポーツ中継に切り替わった。部長補佐のため息が電話越しに聞こえてくる。
「伝えたい情報は他にもありますが、これが限界でしたか。おそらく、テレビ局に圧力がかかって放送が中止されたのでしょう。でも、地上波で所長の不正を伝えたことは大きいです。あの番組は視聴率もいいですし、今夜は人気アイドルがゲスト出演する予定だったので、普段よりも大勢が見ていたはずですし」
「所長を失墜させることができますか」
「きっと……」
会話を聞いているルリスに視線を向けると、今にも泣きそうな顔で笑っていた。

(第66話につづく)

コメントを書く

*
*
* (公開されません)

Comment