【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第58話・所長の刺客」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第58話・所長の刺客」by RAPT×TOPAZ

プレトは”それ”と目が合い、ぎょっとした。ものすごい迫力だ。こんなの見たことがない。レインキャニオンでの獰猛な植物や肉塊も初めて見るものだったが、『レインキャニオンだから』という理由で納得ができた。しかし、どこかに街がある砂漠に、こんな恐ろしい生き物がいるなんて。
目の前の生物はこちらを凝視したまま動かない。まばたきすらしない。氷河の流れのように、時間がゆっくりと流れていく……ような気がした。するとそのとき、突き上げるようなにぶい衝撃があり、レグルス全体が激しく揺れた。後方から蹴られた? 一匹だけではないのか?
「どうしよ」
プレトは呻くように小さく呟いた。
「ねえ、一か八かだけど、任せてくれる?」
ギリギリ聞き取れる声量でルリスが言った。
「うん」
反射的に返事をすると、ルリスは再びアクセルを踏み込んだ。レグルスが急発進すると、生き物は頭を引っこめ、二本の脚だけが視界に残った。ドリフトしても振り落とせなかったのに、ルリスは何をするつもりなのだろう。プレトはまばたきも忘れて目の前を見つづけた。緊張で呼吸が浅くなる。無意識のうちに腿のうえで両手を組み、心の中で神様に助けを求めた。
『身体も治りましたし、帰路につきました。虹を研究所に持ち帰りたいです。パンデミックもなんとかしたいです。助けてください』
爪が食い込むほどに強く、組んだ両手に力を入れた。そのとき、身体が浮遊感に包まれた。ルリスがホバリングボタンを押したのだ。ボンネットに生き物が乗っているせいで、重心が傾き、空中で前後にグラグラと揺れる。すると、レグルスは前のめりに下降しはじめた。地面が近づいてくる。どこかで体勢を立て直すかと思いきや、そのまま生き物を押しつぶすように地面に激突し、前に向かって一回転してしまった。プレトの視界で景色がぐるんと回る。月と星が足元から頭上に移動していく。正しい体勢に戻ったレグルスは、そのまま止まることなく全力で走り出した。ボンネットにはもう、あの生き物はいない。
「作戦成功!」
ルリスが嬉しそうに叫んだ。一連の出来事に頭が追いつかないでいると、ルリスが興奮気味に話しはじめた。
「うまくいった! うまくいったよ! 頭の中でシミュレーションはしていたけれど、まさか本当に実行することになるなんて!」
「シ、シミュレーション?」
プレトはやっとのことで、一言だけ発した。身体がこわばっている。舌を噛みそうだ。
「空中散歩をマスターしてから、こういうアクション映画みたいな動きができないかなって思ってたの」
「そ、そうだったんだ」
「何回もイメージトレーニングはしていたけれど、実際にやってみる勇気はなくて。でも、できちゃった!」
「すご……」
色々なことが起こりすぎて、正直、ルリスの話しはあまり頭に入ってこなかった。とにかく、すごいことだけはわかった。
「暗くてよく見えないけど、追われている感じはないかな。さっきみたいに回り込まれる可能性もあるから、油断はできないけどね」
友人がバックミラーを確認しながら言った。プレトはおそるおそる窓を開け、頭を出して周りをうかがってみた。レグルスが風を切る音だけが聞こえる。
「また来るかもしれないから、このまま一晩中、全速力で走りつづけるね。プレトは寝てていいよ、何かあったら起こすから」
「はい」
と返事をしたものの、完全に目が冴えてしまっている。眠れる気はしないが、一旦、寝袋に身体を収納した。前方に浮かぶ鋭い月を眺めながら、先ほどの生物の爪を思い出した。ダチョウのような、ティラノサウルスのようなあの顔も。
……もう、なんなのあれ。怖い。帰り始めたとたん、こんな目に遭うものかな……いや、出発初日にウチワモルフォに遭遇したんだから、帰りもそんなものか……はぁ……
頭の中でひとりごちていると、ルリスが滔々と話し始めた。
「あの生き物ね、ヘイルリッパーっていうんだよ。荒涼としたところに単独で棲んでいるの。群れを作らずにね。ついさっき体験した通りの危険生物なんだけど、知能が高いから、勝てなそうもない相手には襲いかからないんだよね」
詳しいねと言う前に、ルリスは続きを話しはじめた。
「だから、レグルスには襲いかからないはずなの。それで、思い出したんだけど、卵から孵して人の手で育てたヘイルリッパーはすぐに懐くから、悪人に利用されることがあるんだって」
「へえ……ということは、さっきのヘイルリッパーは、人間の指示に従ってたってこと?」
「その可能性が高いかな。確証はないけど、一匹だけじゃなかったみたいだし。もしかしたら近くで誰かが指示を出していたのかもしれない」
「……」
プレトは何も言えなかった。自然の脅威に晒されるのなら仕方がないと思ったが、人間の悪意にやられるのはごめんだ。
「君の愛車に穴を開けたあれは、一体なんだったのかな」
「ヘイルリッパーの舌だと思う。殺傷能力が高いって聞いていたけれど、まさか強化ガラスを突き破るほどとはね。訓練したのかな」
ルリスの声から、少し元気がなくなった。大切なレグルスに穴を開けられ、ボンネットを爪でえぐられたのだから当然だ。励まそうとして口を開いた。
「砂漠にも街があるって少年が言っていたし、見かけたら立ち寄ろうね。レグルスを修理できるかもしれないし、ヘイルリッパーを使っている悪人が何者なのか、情報収集できるかもしれない」
「そうだね。ほらほら、寝てていいよ。操縦は任せて」
ルリスは左手をハンドルから離し、こぶしを作ってみせた。
「よろしくお願いしますね。おやすみ」
プレトは落ち着かないまま、無理に目を閉じた。心の中で神様に感謝を伝えていると、不思議と緊張がほぐれ、鼓動が元の速度に戻っていった。


眩しさに目が覚め、まぶたを持ち上げると、目の前にレンガでできた塀があった。その奧に民家らしき、レンガ造りの建物があった。きっとここが砂漠の街だ。ルリスが見つけてくれたのだ。
本人はハンドルに突っ伏して眠っている。彼女が起きるまでに、ヘイルリッパーに襲われた証拠を写真に残すことにした。レグルスから降り、爪でえぐられたボンネットや、穴の空いたフロントガラスの写真を撮っていく。車内に戻ると、目覚めたルリスに「おはよう」と言われた。
その後、しばらく街の中を走っていると、レグルスの販売店を見付けた。店内に入ると、ルリスは店主と思しき男に話しかけた。店主が言うには、フロントガラスやボンネットは直せそうだが、側面のセンサーは設備の関係で難しいとのことだった。まあ、保険も効くことだし、ルリスの操縦ならセンサーは不要だろうと楽観的に考えることにした。店主に質問された。
「事故か何かですか?」
「昨晩、ヘイルリッパーに襲われたんです」
と、ルリスが答えた。
「ヘイルリッパーですか?」店主が眉をしかめた。「だとしたら、野盗とか窃盗団とか呼ばれている連中の仕業だと思いますよ。奴らは手懐けたヘイルリッパーを使って、レグルスを襲うんですよ」
やはりそうか。プレトとルリスは、その言葉を聞いて思わず固唾を呑んだ。
「しかも奴ら、数年前からは、何者かから依頼を受けて活動しているようです」
「依頼ですか?」
「この街では常識なんですが、外から来た方々はご存知ないですよね。窃盗団は以前、砂漠を通過する人から持ち物を盗むだけでしたが、今では何者かから依頼を受けて、人やレグルスを襲うようになったようなんです。そのほうが稼げるんでしょうね。ニュースにはなっていないみたいですが、ある企業が、ライバル企業のトラックや倉庫を窃盗団に襲わせた事件もあったみたいですよ」
「そんなことが……」
なんて物騒なんだ。店主は、修理にはさほど時間がかからないと言って、プレトとルリスの前から去っていった。プレトとルリスが二人揃ってパイプ椅子に腰をかけると、ルリスが口を開いた。
「窃盗団さ、もしかしたら……所長の依頼でわたしたちを襲ったのかな?」
「やっぱりそう思う?」
プレトは口をへの字に曲げた。
「わたしたちがどのルートで帰るか、分かったのかな?」
「どのルートで帰ってもいいように、一通り罠を仕掛けているか、どこかから監視しているか……」
「いやだよー。気持ち悪いよー」ルリスは苦虫を噛み潰したような顔をした。「依頼に必要な資金はどこから出てくるのよー」
「法務省とかも関わってるから、うまいこと裏金を使っているんじゃない? 政治資金の中には、使い道が不明なお金がいっぱいあるって聞いたことがある」
「そのお金は、どこから出てるの?」
「私たちの税金」
「最悪っ!」
ルリスはカラになった紙コップを握りつぶした。

(第59話につづく)

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