【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第51話・レインキャニオン攻略準備」by RAPT×TOPAZ

【連載小説】プレトとルリスの冒険 – 「第51話・レインキャニオン攻略準備」by RAPT×TOPAZ

プレトが目を覚ますと、太陽が顔を出す寸前だった。ルリスが寝息をたてている……と、思ったとたんに瞼を持ち上げた。ムクリと起き上がると、何度か瞬きして言った。
「なんだかすごく元気な気がする。疲れが全く残っていない。おはよう!」
「おはよう、元気ならよかった」
……もしかして、私があの場所に行ってきたから、ルリスにもよい影響が現れたのだろうか。プレトは、そうだったらいいなと思いつつ、輝く人から受けたアドバイスをルリスに伝えた。状況の詳細は話さず、『また意味深な夢を見た』という体で。
「今回のヒントは具体的な感じがするね」
「そうだね。朝のうちに、植物を観察するように指定されたからね……あのさ、私が意味深な夢を見てるのは、おかしいと思ったりしないの?」
「うーん、不思議だとは思うけど、おかしいとは思わないかな。現に、夢のヒントのおかげで、モンド機関のこととか、アメーバみたいなやつの対策が分かって、ここまで来れたわけだし。それに、科学者がそんな夢を見てるっていう状況が意外で面白いよ」
ルリスがニヤリとして言った。その言葉に、プレトは胸をなでおろした。
レグルスの中に、光が射し込んできた。地平線の彼方から、太陽がほんの少し顔を出したのだ。窓を開けると、心地よい風が入ってきた。いつもいつも強風が吹いているというわけではないらしい。しかし、そよ風と共に異音も入ってきた。とにかく不快な音だが、例えるならば……調律のしようのないピアノで、無理に奏でた鎮魂歌といったところだろうか。
「なにこの音……」と、ルリス。
二人でレグルスを降り、レインキャニオンに近付いた。崖から落ちないように気を付けつつ谷間を見ると、何かが歩き回っているのが確認できた。二足歩行で、腕は見当たらない。全体が白っぽいピンク色をしている。身体の中央から象の鼻のように長い何かが飛び出していて、とにかく気持ちの悪い肉塊としか言いようがない。耳障りな異音は、その生物の鳴き声のようだ。
「あれがいる中で、虹を採りに行かないといけないのか……」
プレトはそう呟くとバックパックを漁り、資料を取り出した。それによると、レインキャニオンには肉食で気性の荒い生物がいると書かれている。まさかアレのことだろうか……
「あ、一応、雨は降ってるね」
ルリスがそう言いながら、指をさした。小さな雨雲が、レインキャニオンの至るところに発生していて、そのいくつかが、谷間に雨を降り注いでいる。本当に不思議な地形だ。太陽がさらに顔を出せば、虹も出てくるだろう。
「とりあえず、夢のヒント通りにやってみようよ。あの危険な植物を観察できるところまで行ってみよう」
ルリスの提案どおり、レグルスに乗って森の中に入っていった。粘土の高い泥沼地帯に近づくと、ぜんまいのようなものが頭を出しているのが見えた。巨大な花部も、ほんの少し泥から顔を出している。安全のため、この場でストップだ。
しばらくそのまま観察していると、一羽の鳥が飛んできた。が、泥沼の上に差しかかったとき、ぜんまいに叩き落とされ、花の穴に吸い込まれるように落ちていった。花の穴が開閉すると共に、バリバリと音がする。鳥を咀嚼しているのだろうか。プレトはそれを見て、思わず顔面蒼白になった。無闇に近づいたら食べられてしまう……ぜんまいはその後も、小動物を捕まえる度に花の穴へと運んでいった。
「これを観察してどうするのかな……鳥も小動物も食べられちゃってるよ」
ルリスがため息まじりに言う。そのとき、梢の間を通り抜けて、小さな雲が落ちてきた。アドバイスの通り、オルタニング現象が起きたのだ。雲はゆっくりと落ちてくると、そのまま泥沼に着地した。いくつかの雲が続けざまに落ちてくると、同じように泥沼に着地していく。
……確かに、これを観察して、一体どうしたらいいのだろう。プレトが眉をひそめていると、ルリスが呟いた。
「あのぜんまい、鳥とか動物には反応するのに、雲は無視するんだね」
「そうか!」
「わあ! なに!」
プレトの大声にルリスが驚いた。
「あれは、雲には反応しないんだよ。それに夢では、アメーバみたいな武器の対策を応用しろって言われた……」
「つまり?」
「つまり、固定した雲に私たちが包まれていれば、あの獰猛な植物に襲われなくて済むかもしれない」
「おお! それでどうするの? 近付かなければ、襲われないけど……」
「そうだよね……例えば、あの植物をレインキャニオンに持っていって、谷間にいた肉塊を捕まえる役目を担ってもらうとか? その間に虹を採取できればいいよね。あの植物と行動を共にするために、雲の防護服を用意するみたいな感じで……」
「え! そのアイディア、すごいんだけど!」
「そうかな」
「雲はすぐそこにあるのを使えばいいし、さっそく試したいけど、いきなり自分たちがやるのは勇気がいるよね。他の生き物に囮になってもらえないかな」
「そう簡単に捕まえられ……」
「あ、カカポだ」
ルリスがそう言ってレグルスから降りた。戻ってきたときには、手にふっくらした大きな鳥を抱えていた。
「え! ウソでしょ! もう捕まえたの!」
「カカポっていう人懐っこい鳥だよ。こんなところに生息しているんだね。飛ばないからすぐに捕まえられたよ」
「……すご」
まさかこんなにあっさりと、囮用の生物を捕まえられるとは……プレトは思わず口をあんぐりと開けてしまったが、すぐに気を取り直し、カカポという鳥に雲を纏わせ、危険植物に特攻してもらうことにした。固定した雲に包まれたカカポは、よりふっくらとして可愛さが増している。囮になってもらうのは忍びないが、行ってもらうしかない。
ルリスが、ぜんまい部分に可能な限り近付き、カカポを放した。ルリスが急いでレグルスに戻ってくると、一緒に様子を伺う。白い塊となったカカポはのんびりと、ぜんまいのすぐそばを歩きはじめた。ぜんまいが反応する様子はない。
「どうなるかな……」
ルリスが呟く。カカポのすぐ横を、ネズミのような小動物が駆け抜けた。すると、ぜんまいはネズミにだけ反応し、あっという間に絡みついて、花の中に放り込んでしまった。カカポより遥かに小さいネズミにだけ反応したということは、雲に包まれていれば、あの植物には獲物として認識されないということだ。
「雲で防護服を作れば、あの植物に近寄れるぞ!」
プレトは思わずガッツポーズをした。近くに落ちてきた雲にオリジナル溶液をスプレーし、固定して集めた。先にルリスの身体に纏わせ、さらに追加でこれでもかというぐらいスプレーをした。万が一途中で霧散してしまっては取り返しのつかないことになるからだ。次に、ルリスがプレトにも同じように雲の防護服を着せてくれた。二人ともふわふわな見た目になった。
「これさ、防護服っていうより、イエティだよね」と、プレト。
「確かにね。この状況を誰かに見られたら、レインキャニオン近くの森にイエティが棲んでいるって噂が広まるね」
そんな会話をしながら、ぜんまいに近付いていった。作戦がうまくいくか不安もあったが、ぜんまいはこちらに全く反応しなかった。ルリスと共に、ぜんまいの中の一本を引っ張ってみると、思いのほか、あっさりと引き抜くことができた。沼から植物の全体が出て判明したが、巨大な花一つに対して、ぜんまいのようなツルが二本ついている。
「レグルスより大きいのに、やたらと軽いね。発泡スチロールよりは重いけどさ」
「おかげで、わたしたちでも運べるけどね。不思議な植物だねー」
レグルスに到着すると、ルリスがゆっくりと操縦し、その後ろをプレトが植物を引きずって歩いた。森から出ると、植物が勝手に歩いていることに気が付き、プレトは悲鳴をあげた。ルリスが慌ててレグルスから降りてくる。
「どうしたの!」
「これ見て!」
植物の花部の底面に、びっしりと太くて短い根っこが生えているのだが、一本一本の先端が潰れたように平べったくなっていて、それを使って地面をペタペタと歩いているのだ。老犬の散歩くらいのスピードで。
「え、歩くんだ……泥の中も地上も、根っこで移動できるのかな……水陸両用的な……」ルリスが訝しげに言った。「ひとりで歩いてくれるということは……ロープか何かでくくっておけば、運ぶのが楽になるかも」
ルリスは、レグルスからアウトドア用のロープを取り出すと、ぜんまい型のツタの付け根に結びつけた。ルリスが握るロープの先端で、巨大な植物が歩いている様子は、イエティが獰猛なペットを散歩させているかのように見えた。奇妙すぎる。
「この植物さ、根っこの先がしゃもじみたいになっているから、シャモジちゃんって呼んでもいい?」と、ルリス。
「……いいよ」
もう、なんでもよかった。レインキャニオンに視線を移すと、ところどころに浮かんでいる雨雲の下に、大小さまざまな虹が出現していた。太陽が完全に昇ったからだ。剣山のような地形の中を、ピンク色の肉塊が歩き、身体から突き出た何かを虹に擦りつけている。その光景は、荘厳で奇怪で、幻想的で滑稽だった。
「さっそくだけどさ、レインキャニオンに入ってみようか? シャモジが肉塊に対応できるか、確認する必要もあるし」
「そうだね。虹が採れそうだったらそのまま採ればいいし、ヤバそうだったら一旦引き返すということで」
プレトの提案を、ルリスは快諾した。
「じゃあ、装備を用意しよう」
一歩間違えれば敵になりかねない植物が、仲間に加わった。全く想像していなかった展開になったが、レインキャニオンでは何が起こるのだろう。

(第52話につづく)

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