
コギト人の迷惑行為に辟易しているらしく、ロマーシカの投稿内容に賛同しているユーザーは多かった。よかった、どうやら私たちは孤独ではないらしい。少し溜飲が下がったし、今日はもう休もう。
翌日は、外壁とレグルスの掃除から始まった。落書きを落とさなくてはならない。ルリスにはレグルスを任せ、プレトは外壁に手を付けた。自作の洗剤をかけ、ブラシで擦るとあっという間にきれいになった。洗剤の性能の良さを再確認し、自画自賛した。
「なんて素晴らしい商品なんだ。世界中に広まればいいのに」
「実際に、今日も注文が入ってるから発送しなくちゃいけないね。頑張らないと」
ルリスは後片付けをしながら言った。レグルスも元通りにきれいになっている。
攻撃を恐れて引きこもり続けるのも面白くないから、外に出たついでに散歩をすることにした。ルリスと共に横断歩道を渡っていると、一台のレグルスがスピードを落とさずに突っ込んできた。プレトの脇腹の手前でピタリと止まる。ブレーキを踏んだわけではなく、安全装置のセンサーが反応して自動で止まったのだ。
ギョッとしてレグルスに目を向けると、ドライバーと目が合った。コギト人だった。虚ろな目をしたコギト人は、何事もなかったかのように再び発進し、プレトたちの横をすり抜けていった。蛇行していたから、飲酒した状態で操縦しているのかもしれない。横断歩道を渡りきったところで、ぶわっと汗が噴き出してきた。緊張と恐怖のせいだ。コートを脱ぎたくなるくらい暑くなった。
「こ、こ、怖かった」
ルリスは自身の額をぬぐっている。
「歩いててレグルスに轢かれそうになったの初めてかも。センサーが搭載されてなかったら大事故でしょ⋯⋯どうしよ、帰る?」
「ストレスやばいから⋯⋯甘い物、食べたい⋯⋯」
ルリスの希望を聞き、すぐ近くにあるコンビニに寄ってから帰路についた。
自宅が視界に入る辺りまで来ると、ちょうどゴミ収集車の活動時間らしく、作業員が忙しそうに働いていた。大きなゴミ袋が、後部の投入口に回収されていく。圧縮装置が動いたタイミングで、ゴミ袋の一部に圧力がかかり、風船が割れるように破けた。空気を抜かずに捨てられていたようだ。すると、ぶじゅうううと耳障りな音を立てながら、中の液体が勢いよく噴き出してきた。スープやジュースの水分かと思ったが、かなり量が多いし、原色に近い緑色をしている。周辺のアスファルトが染まってしまった。作業員が慌てている。プレトの靴にも数滴の飛沫がかかった。よりによって今日は、白い靴を履いている。
「うわあ⋯⋯柄物になってしまった」
「最悪! プレト帰ろう。うちの洗剤で洗ったら取れるかもしれないよ」
ルリスに促され、そそくさと帰宅した。靴の汚れを洗い流してみると、意外とあっさり緑色が落ちた。水溶性のインクだったらしい。これなら、アスファルトも水をかければ元通りになるだろう。ルリスがブツブツと話した。
「ゴミ袋にあんなに液体が入ってるなんておかしいよね。誰かがわざとやったのかな。コギト人かな」
「分からないけど、ここまでくると疑ってしまうよね。姑息でイヤだな⋯⋯気を取り直してさ、買ったもの食べようよ」
リビングへ移動し、プレトはチーズケーキにフォークを刺した。ルリスはイチゴ大福を真っ二つにしている。何気なくモニターをつけると、朝の生放送番組が始まった。チーズケーキをほうれん草ババロアのジュースで流しこんでいると、出演者の中にロマーシカがいることに気が付いた。この人、こんな番組にも出るんだ。しかも、番組の議題が『外国人との共生』だ。朝から議論するにはいささか重すぎる気がするけど、それだけ注目が集まる話題なのだろう。一人のコメンテーターが話しはじめた。
「最近、大勢のコギト人がこの国に移住しているわけですが、彼らについて信憑性の低い噂が出回っているようです。例えば、ほとんどが不法滞在者なのではないかと疑う声が上がっていますが、在留外国人の統計によると、不法滞在しているコギト人は一部であることが分かっていますし、不法滞在者も好きで不法滞在しているわけではないことが明らかになっています。こういった一人一人の立場を考慮して支援しなくてはならないと思うのですが、ロマーシカさんはどう思われますか?」
ロマーシカは答えた。
「本当に苦しい状況に置かれている人には、支援が行き届くように配慮しなくてはならないと思います。しかし、自分の意志で選択した上で、不法滞在しているコギト人も中にはいるのではないでしょうか。もちろん、不法滞在者全員がそうだとは言いませんが」
スタジオ内がざわついている。別のコメンテーターが口を開いた。
「一部では、コギト人の犯罪が増えているという噂が立っているようですが、警察の発表によると、全体から見たコギト人の犯罪件数は決して多くありませんし、数年前から横ばい状態なんですね。この状況は、少数派である彼らが悪に仕立てられているとも言えるのではないでしょうか」
再びロマーシカが口を開いた。
「ネット上では、コギト人の犯罪や迷惑行為に巻き込まれたと訴える声が増えているけど、実際の犯罪件数は多くない⋯⋯ということですよね? これには単純なカラクリがあります。警察がコギト人を逮捕していないから、犯罪件数が上がっていないだけです」
「それはさすがに⋯⋯警察はきちんと捜査しているはずですし⋯⋯」
口を挟んだコメンテーターに、ロマーシカは説明した。
「つい昨日のことですが、コギト人に自宅の窓を割られたと訴えるユーザーがクライノート上で注目を集めていました。その投稿によると、犯人の顔が映った映像を見せ、証拠として提出すると申し出たにも関わらず、警察は受け取らなかったとのことです。私が警察庁の方に事情を伺ったところ、『詳細を確認する』との返答がありました。今、詳細を調べてくれていると思いますよ」
スタジオ内が混乱しているような雰囲気になった。それと同時にプレトとルリスも混乱した。
「ロマーシカが言ってるユーザーって、私たちのことだよね? 〈プレパラート〉のことだよね?」
「わたしもそう思った。公共の電波で言われちゃったね。ユーザー名は出してないけど、気付く人は気付きそうだね。あ、プレトの携帯光ってる」
プレトが携帯電話を見ると、アリーチェからメッセージが届いていた。
『生放送の番組観てる? ロマーシカがプレルリのこと喋ってるっぽいよ』
「気付いた人が早速一名いらっしゃいました」ルリスに画面を見せた。
「さすがジャーナリストだね」
アリーチェに返信し、再びモニターに目をやると、意見交換がヒートアップしていた。ロマーシカが手振りを混ぜて話している。
「もちろん、コギト人の中にも保護されるべき立場の人がいるということは存じています。ですが、自身の立場を利用して悪事を働くというのはどうなんでしょう。それに、少数派は声が大きいと言います。声が大きいのは悪いことではないですが、それによって多数派が蔑ろにされてしまっては、秩序が乱れる原因になるのではないでしょうか」
「それは少し言い過ぎではないでしょうか。ロマーシカさんはそんなつもりないと思いますが、差別発言として捉える視聴者もいるかもしれません」
コメンテーターは困惑気味だが、ロマーシカはハキハキと喋った。
「事実を申し上げているだけですよ。仰る通り、コギト人を差別するつもりは全くございません。私は誰のことも差別しません。だからこそ、逆にコギト人の犯罪も厳しく取り締まるべきではないかと主張しているんです。国民は罪を犯して報道される場合、顔や名前、年齢が公開されますよね。コギト人も同じように扱うべきだと思います。自国民に厳しく、コギト人に甘いとなると、自国民を差別していることになりませんか? この国の人たちが居心地の悪い思いをするのは見ていられませんよ」
「それはその通りですが、SNSの声を鵜呑みにするのは危険ではないでしょうか」
「SNSは誰もが気軽に使用できるツールです。そこに溢れている声を無視するというのは、国民の声を無視するのと同義ではないですか?」
なかなか盛り上がっている。プレトがクライノートを見てみると、番組のリアルタイムな感想が目に飛び込んできた。コギト人を擁護するユーザーもゼロではないが、ロマーシカを支持する声の方が圧倒的に多かった。自分の声を代弁してくれていると感じているのかもしれない。ロマーシカの意見を聞いていると、プレトも心がスッキリする感覚があった。クライノートを見ているうちにメールが届いた。メルト機構からだ。
「ルリス、プロジェクト・フラウドでメルト機構に行く日が決まったよ」
「お、とうとう連絡が来たんだね。わたしも行くからね」
番組に負けないくらい、こちらも盛り上がってきた。
(第21話につづく)

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